「副会長室へ怒鳴り込んで行ったとか?」
「俺はさ、いきなり飛び込んで廿楽先輩に手を上げたって聞いたぜ」
「まぁ、瑠駆真様に限ってそんな事」
「あら、でもわかりませんわよ。山脇くん、あぁ見えて意外と気の強いお方のようですし」
「そうだよな。今だって、ほら、金本と向かい合ってるのに、負けないほどの不敵な気迫だもんな」
ヒソヒソと囁きあう。
聞こえないように声を落としているのか、それともワザと聞こえるように囁きあっているのか。まあ、瑠駆真にとっても聡にとっても、そんな事はどうでもいい。
周囲の雑音を適当に聞き流しながら、まずは聡が口を開く。
「ずいぶんと大胆な事をしたようじゃねぇか」
聡の視線に瑠駆真はピクリと眉を動かすだけ。無言で鞄を持ち直す。
「正直、驚いた。お前がこんな行動に出るとは思わなかったよ」
「それはどうも」
同じような言葉を小童谷陽翔にも言われたな。などとぼんやり思い浮かべながら答える瑠駆真。聡は軽く唇を噛む。
「こんな状況にしておいて、いったいどういうつもりだ。こんなんで美鶴の謹慎が解けるのか? むしろ――」
むしろ美鶴の状況はさらに悪くなるじゃねぇか。
そう言おうとし、瑠駆真の背後に気付いて口を閉じる。聡の態度に瑠駆真も振り返った。背後に立つのは姿勢正しい女子生徒。瑠駆真はその顔を知っている。
二年の、次期副会長候補と噂されている女子生徒だ。土曜日に、華恩の言葉を瑠駆真へ伝えに来た少女。
彼女は、二人の視線を受けて口を開いた。
「お話中申し訳ありませんが」
申し訳ないなどとは思ってもいないだろうに。
と言いた気な二人の視線などお構いなしで少女は続ける。
「山脇くんにお手紙をお持ちしました」
簡潔に告げてズイッと一通を差し出す。
「僕に? 誰から?」
「華恩様から」
そこで少女は一度言葉を切り、気のせいか少し顔を強張らせてから姿勢を正す。
「今日の放課後、正門にお迎えにあがるとの事です」
「廿楽が?」
「廿楽家の方がです」
華恩様が迎えに来るはずがないだろうに、何てバカな質問なの?
彼女の視線がそう言っている。
その瞳に瑠駆真が軽く苦笑し、ふと首を捻る。
廿楽家?
廿楽華恩の家の者が、なぜ自分を迎えに来るのだ?
首を捻ったままふと辺りを見渡し、そして今度は軽く瞠目した。
あれほどザワついていた周囲が、今は静寂一色に包まれている。本当に、誰一人口を開く者はいない。ただ黙ってこちらを見つめ、ある者は瑠駆真と視線が合うや、慌てて目を逸らす。
何だ?
「やっぱり本当だったのね」
一人がボソリと呟いた。女子生徒の声だった。瑠駆真が視線を向けるや慌てて両手で口を抑え、逃げるように教室へと駆け込んでしまった。
おかしい。
明らかに異常な周囲の空気を振り払うように声をあげたのは、華恩の伝書鳩。
「では、私はこれで」
瑠駆真が振り返ると同時に少女は軽く頭を下げ、クルリと背を向けた。そうして瑠駆真が声を掛ける間もなく立ち去る。少女の行く手を邪魔せぬように慌てて人垣が左右に割れ、その間を少女は毅然と、だがどことなくぎこちない足取りで去っていった。
ぎこちないというより、なんとなく震えていたような。
首を傾げる瑠駆真に、背後から低い声。
「どうするつもりだ?」
振り返ると、聡が軽く唇を噛み締めている。
「こんな状況にしちまって、どうするつもりだよ?」
瑠駆真を睥睨する聡の瞳に、余裕はない。
こんな状況。それは、廿楽を敵に回してしまってという意味だろうか?
土曜日の午後、廿楽に罵声を浴びせた時から、覚悟はしていた。彼女から何かしらの報復はくるであろう。いずれ自分は、そして美鶴も唐渓には居られなくなる。それはわかっていたし、だからこそ瑠駆真は決断した。美鶴を連れて、ラテフィルへ逃げよう。廿楽華恩から何かされる前に。
そこで瑠駆真は素早く瞳を揺らす。
ひょっとして、彼女からの報復は、すでに始まっているのか?
|